雨は必ず止むのだから

昼過ぎ、空が真っ暗になったと思ったら稲光が。生ぬるく強めの風が窓から吹き込み始め、しばらくすると雹が混じった雨が降り出したので、慌てて窓を閉めた。



叩きつける雨の音を聞きながら、部屋で過去日記を読み返してみた。前彼に対する気持ちが、3年前とほとんど変わっていないことに気づく。もしや成長していない?時間が止まったままってこと?ワインだって3年も寝かせれば美味しくなるだろうに。ずっと逢っていなかったのになんで?

いや、ずっと気づかないふりをしていただけだ。声にならないほどの愛しさに似た濁った液体のような感情の何もかもを、瓶へ詰め込み蓋を固く閉め、意識のずっと奥へ追いやって、途中引っ張り出してはまた追いやって・・・。3年間、ずっとそんなことの繰り返しだったな、と思う。



やがて雨は上がり、雲の切れ間から青空が見えはじめた。雨はやむ。それがどんなに大雨であろうが、どんなに長引こうが、必ず。幼い子供ですら理解できる自然の摂理が、今更じわんと沁みていく。



いつまでもあの人を引きずるのは、他でもない意気地なしの自分のせいなのだ。いつまで経ってもココロの中の霧雨が止まないのは、他でもない、怖がりで臆病なまま動けずにいる自分のせい。



もうそろそろ、太陽の下に出る時だと思わないか?



追いやっていた瓶の蓋をそっと開け、溢れ出す濁った液体状態の気持ちを、何度も何度も丁寧に濾過した後、自分の言葉にして、メールを書いた。そのサイズ、2KB。3年の想いもたった2KB。ただし、行間に込めた想いはそれ以上。


いきなりのメールで申し訳ないこと。
忘れられずにいること。
逢えてうれしかったこと。
昔も今も好きなこと。
新しい関係になりたいこと。
返事がほしいこと。


誤字脱字がないこと、書き残しがないことを何度も何度も確認する。


・・・そして静かに送信ボタンを押した。


長かった。自業自得だけど苦しかった。表面上、つらくないふりするのがつらかった。待つ間は怖いけれど、もしかしたら返事がこないかもしれないけれど、どう転んでも前に進めると思い直せば、それほど苦ではないように思える。単なるエゴからくるものかもしれないけれど、どんな形であれ、晴れ間はもう目と鼻の先にいるように思える。当然それは、3年前の続きになる晴れ間ではなくて、"今"から始まる晴れ間。きっともっとイイ感じに晴れるはず。その瞬間を自ら手繰り寄せた自分が、今確かにココにいるのだから。



厚い雨雲の切れ間が見えた気がした。